雨曝しと月曜日の話
どうも、ななめです。
今日は私の好きなアーティストの話です。
タイトルから察する人もいるかもしれませんが、amazarashiという二人組のバンドです。
アニメの主題歌を歌うことも多いので知っている方も多いと思います。
(東京喰種やヒロアカ、乱歩奇譚などなど)
知らない方に説明すると、彼らの歌は暗く暴力的で悲壮感の漂う歌詞が特徴です。それなのに何故か聞いた後には前向きな気分になることがあるのが不思議です。
多くの歌手が相手を励ます時に「頑張れ」や「落ち込まないで」といった内容の歌で励ますのに対して、amazarashiの場合は「辛い時もあるよね」「その気持ち分かるよ」というように寄り添ってくれるような気がします。
ただ、その寄り添い方は優しい言葉を投げかけるというよりはレンチで頭をぶん殴られるようなキツめの言葉なんですが……
暗い気分になった時に更に暗いところまで一緒に連れて行ってくれるんです。
ドMな人には堪らないサービスですね。
今までに数多の楽曲を世の中に発表している彼らですが、僕はその中でも「月曜日」という歌が一番心に刺さります。
「空が灰色だから」で有名な阿部共実さんの作品「月曜日の友達」の主題歌にもなっています。
https://yawaspi.com/tomodachi/
特に下の歌詞が私は好きです。
普通にも当たり前にもなれなかった僕らはせめて特別な人間になりたかった
特別な人間にもなれなかった僕らはせめて認め合う人間が必要だった
この歌詞は私の心の中の少年部分に特に刺ささります。
私は高校生の頃、心が病んでしまったことがあり、一度高校を中退したことがあります。
(その後は別の高校に編入し、大学まで卒業しました。)
外から見れば大したことじゃないじゃないかと思われるかもしれませんが、僕にとっては「普通」を歩めなくなった瞬間だったので未だに引きずってしまっています。
大学生の頃にamazarashiに出会い、月曜日に出会い自分の中の少年は少し救われました。
人を選ぶ歌なので万人にオススメできるわけじゃないんですが、紹介させてもらいました。
今日は短いですがここまでにします。
記憶と過去の話
渋滞中に失礼します。
どうも、ななめです。
皆さんは記憶力に自信はありますか?
私は、買い物に出掛けて目的のもの以外を買って帰る程度に自信があります。
人間の記憶というものは不思議なもので、しっかり覚えたと思っていてもするっと抜けていくものです。
なんとかしなければとメモをすればメモの場所が分からなくなり、スマホに記録すればメモを見ることを忘れる。
アキレスと亀の様に記憶に近づいて思い出そうとすれば、記憶が彼方に遠ざかる。
延々と追いかけっこをしているようなものでしょうか?
そんな私でも未だに覚えている出来事があります。
羊に正面からどつかれたことです。
(画像は別羊のケツの写真です。)
当時の私はまだ幼稚園に入園したばかりで、右と左が分かっていない頃です。
休日と晴天が重なったということもあり、私は両親と某県の牧場に訪れていました。
獣とのふれあいコーナーに入った私は人間さまの方が上なのだと驕り高ぶっていました。
そんな傲慢な私に羊は気付いたのでしょう。
羊は私にタックルを仕掛けてきたのです。
一瞬の出来事でした。吹き飛ばされた私は呆然とし、何が起こったか分かりません。
しばらくの沈黙の後、自分はどつかれたのだと理解しました。
その時が私にとって人生初の敗北でした。負けを知った私はギャン泣きし、以降動物に対して若干の恐怖心を持つようになりました。
これが私の最古の記憶です。
ただ、この記憶には若干の不備があります。
頭の中で描写される映像が第三者目線ということです。
恐らくそれは、母から何度も聞かされた話だからなのでしょう。
冒頭でも申し上げた通り、人間の記憶というものは不思議なものです。
人から聞いた話であってもさも自分の記憶かのように感じ、仕舞いにはそれが真実なのだと記憶が書き換えられるのです。
つまり、自分自身で最初の記憶だと思っているものでも、他者からの情報で補完されることで多少の歪みが生じていることに他なりません。
果たしてこの記憶は自分の頭の中に初めからあったものなんでしょうか……?
疑心暗鬼になったところで自宅に到着いたしました。
今日はここまで
カキフライと方言の話
お題「地元では当たり前のものなのに、実は全国区ではなかったものってありますか?」
どうも、ななめと申します。
皆さんはふとした時に方言が出てしまうことってありませんか?ありますよね?ないですか?そうですか……
ほんとはありますよね?
ない?
………
そげん否定ばっかせんでもよかろうもん!!
失礼しました。
かく言う私は同じ県内の友人に「ななめって訛っているよね?」と言われかなりのショックを覚えたことがあります。同郷の仲間じゃなかったのか……?
私の地元は九州なのですが(現在は関東圏勤務)、日本の西と東で普通だと思っていることに違いがあることはよくあることだと思います。
比較的有名な方言では、「なおす」という言葉の使い方に違いがあります。
関東の人は主に「修理する」という意味で使うことが多いと思いますが、関西・九州の一部地域では「修理する」以外に「片付ける」という意味が加わります。
知識では知っていたのですが、関東で仕事をする中でふとした時に「なおす」を「片付ける」の意味で使い、先輩から笑われたことを覚えています。
幸い(?)にも九州出身の同僚が多い職場だったので、よくあることの一つとして捉えられた様ですが……
地域によるギャップで言うと、言葉以外にも食文化の違いは顕著に現れるんじゃないかなと思います。
先日会社の同期と飲みに行ったのですが、そこでカキフライを注文しました。
しばらく同期間で最近のことや今後のことなんかを話しているうちに注文したものが提供されたのですが、
カキフライにタルタルソースが添えられていなかったのです!
地元が西側の方なら分かると思うのですが、西では一般的にカキフライにはタルタルソースを使います。
ところが関東では、本来タルタルソースが添えられているはずの場所に中濃ソースが当然な顔をして鎮座していました。
初めはこの店が特別に中濃ソースを提供しているのだと思い、「この店はタルタルじゃないんだねー」なんて口走ったら最後。
同期から総ツッコミで「普通中濃ソースでしょ」と言われる始末。
普通なんてものは時と場所で様々なんだなぁと思ったひと時でした。
そんな話をしていたらお風呂が沸きました。
今日はここまで
毛布と愛着の話
調理中に失礼します。
初めまして、 ななめ と申します。
皆さんはライナスの毛布というものをご存知でしょうか?
これは、スヌーピーで有名な漫画「ピーナッツ」の作品中に登場するライナス君から名付けられました。
青い毛布がトレードマークの彼ですが、彼はその毛布を肌身離さず持ち歩いています。
ライナスの毛布は心理学用語で安心毛布とも言われており、文字通り安心感を得るために持っているんですね。
ライナスの毛布は子供に限ったものではなく、大人でもみられることがあります。
人によってはお人形であったり布の端切れであったり様々ですが、どうやら布成分が含まれるものが多いようですね。
手触りが関係しているんでしょうか。
そんな話をしている私にもライナスの毛布と言えそうなものがあります。
それがこちらの緑色のブランケットです(冒頭でも登場してましたね)。
こちらのブランケットですが、私が幼稚園児の頃から愛用しているものです。
元々は4枚セットで売られていたもので、家族4人それぞれに違う色のブランケットが割り当てられていました。
しかし、他の家族のものはボロボロになったり新しいブランケットを買うという名目で処分されてしまいました。
私のブランケットも何度洗っても臭いが落ちなくなってしまったので「いい加減処分したら?」という風にパートナーから言われるのですが、この手触りが唯一無二なためなかなか処分できずにいます。
染み付いた匂いも自分にとっては安心できる精神安定剤的な役割をしてくれているのでますます処分できません。
そろそろ付喪神になってくれてもいいんだよ?なんて思いながら今日も一緒に過ごしています。
人によってはこの「ライナスの毛布」を持っていること自体を後ろめたく思う人もいるかもしれませんが、別に気にしなくても良いんじゃないかなと思ってます。
ライナスの毛布を持っていない人も何かしら支えになる何かを持っているはずです。
本の収集やソシャゲ、スポーツにのめり込むことや酒、タバコetc.
持っている人にとってはそれがライナスの毛布なだけです。
そんな話をしていたら料理が出来上がってしまいました。
今日はここまで
それではいただきます。